家庭でできる難聴療育
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自己紹介

【自己紹介】(3)聴こえの先にあるもの

集団生活スタート


療育は保育園に入園した後も続きましたが、その頃には言葉の習得という課題より、集団生活での「聴こえ」という悩みが新たにでてきました。

うちでは「聞こえる子」と思ってきましたが、そとでは「聞こえにくい子」という位置づけです。

静かな環境での一対一の会話はできるようになっていましたが、集団生活のような騒がしい中では会話がよく聞こえません。先生の声もよく聞こえません。うちに帰ってくるなり、「うるさくて、聞こえない」と泣いた日もありました。

そのため、人工内耳の息子の「聴こえ」の確保には保育園の先生の協力が不可欠でした。先生とは連絡ノートで毎日やり取りをする中で、人工内耳についてまとめられた資料や冊子をお渡ししたりして、難聴理解を少しずつ深めていただけるように試みてきました。

聞こえているかなと表情を気にかけてもらったり、ロジャーという補聴援助システムを使ってもらったり、プールで人工内耳の防水パックを付けてもらったり、楽譜を用意してもらったりと、お願いごとが沢山ありました。にもかかわらず、温かい心でサポートしてくださり、心配性の私も3年間安心して息子を通わすことができました。

最初は聞こえないと言っていた息子も徐々に集団生活の聴こえに慣れました。年中になる頃には親友ができ、充実した保育園生活を送ることができました。

 

人工内耳の限界とこれから


人工内耳の装用効果には個人差がありますが、息子は聞いて話せるようになりました。お店での注文は自分でします。固定電話やスマホで通話し、映画館での鑑賞も楽しんでいます。劇やお芝居も好きです。スイミングスクールにも人工内耳に専用の防水パックをつけて通っています。一見すると聞こえる子と同じようになんでもできるように見えてしまいます。

しかしながら、聞こえる子と同じように聞こえているわけではありません。

聞き漏らしたり、聞こえなかったり、時には聞こえていないことにも気づけなかったりします。

特に、不意に話しかけられると気づきません。こうした時、小さい頃は私が教えてあげられましたが、保育園、小学校と進むにつれて一緒に行動することが減り、私の出番はもうほとんどありません。友達の話しかけを無視していたりしないか、うまくやっているのか気がかりです。でも、難聴だから聞こえにくいこと、できればこうしてほしいということなど、自分で伝えていかないといけません。

聴こえの先にあるもの。

障害を受け入れることもそうですが、自分が必要としているサポートを相手に伝え、こうしたサポートを受けることができれば自分もできるのだということを自信にして、成長してくれることを親として願っています。

聴こえは大切だけど、それよりも人生の中で大切なことがたくさんあること。

これから息子自身が見つけていければ、きっと豊かな人生が待っていると信じています。

 

ABOUT ME
nanchou-akachan
難聴児の母親です。